北ドイツの世界遺産を探して〜世界遺産へ旅立つ前に

北ドイツの世界遺産を探して〜世界遺産旅行ガイド
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 こちらのサイトでは、ドイツ連邦共和国――特に北ドイツに位置する世界遺産をご紹介していきます。ヨーロッパでも随一の工業国であるドイツですが、皆さんはどのようなイメージをお持ちでしょうか?第二次大戦におけるナチスの悪評が尾を引いて、未だに暗い印象を持っている方も多いようですが、現在のドイツは魅力あふれる欧州のリーダーへと生まれ変わっています。ヨーロッパ連合の工業力を牽引し、世界的不況の中でも経済力を
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 こちらのサイトでは、ドイツ連邦共和国――特に北ドイツに位置する世界遺産をご紹介していきます。ヨーロッパでも随一の工業国であるドイツですが、皆さんはどのようなイメージをお持ちでしょうか?第二次大戦におけるナチスの悪評が尾を引いて、未だに暗い印象を持っている方も多いようですが、現在のドイツは魅力あふれる欧州のリーダーへと生まれ変わっています。ヨーロッパ連合の工業力を牽引し、世界的不況の中でも経済力を維持している欧州の雄――それが2000年代ドイツの実像です。トップページでは北ドイツの地理・歴史に関する話題を扱い、理解を深めた上で個々の世界遺産へと移っていきましょう。


◎北ドイツの地理

 世間一般で北ドイツというと、かなり北よりの一部地域のみをイメージする方のほうが多いのかもしれません。当サイトにおける北ドイツの定義は少々異なっており、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン、メークレンブルク=フォーアポメルン、ブランデンブルク、ベルリン、ニーダ=ザクセン、ハンブルク、ブレーメン、ザクセン=アンハルトの各州を指しています。そこで、まずはそれぞれの地域の特徴を大づかみに理解していきたいと思います。


1.シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州

 州都はキールで、ユトランド半島の根元に位置するドイツ最北端の州です。カタカナでは、シュレスヴィヒをシュレースヴィヒ、ホルシュタインをホルスタインと表記することもあります。ドイツ統一までは西ドイツ(ドイツ連邦共和国)に属していました。
 公用語はドイツ語のほかにデンマーク語・低ザクセン語・北フリジア語が用いられており、後述する歴史的事情もあってデンマーク語を日常的に使う人々が少なからず存在する地域です。
 地理的には、大きく分けて北部の南シュレスヴィヒと南部のホルシュタインの2地域から構成される州なのですが、これだけ聞くと「北シュレスヴィヒはどこ?」という疑問が湧いてきますよね?
 実はこの地域、現在のドイツ国土が画定するまでには様々な変遷があったことが知られているんです。現在もユトランド半島にはデンマークという国家が存在していますが、北シュレスヴィヒはデンマーク領なんですね。かつては南シュレスヴィヒ・ホルシュタインも含めて、この地域全体がデンマーク領だったのですが、19世紀中頃のシュレスヴィヒ戦争でプロイセンに敗北し、南北シュレスヴィヒ・ホルシュタインを割譲しているのです。その後20世紀に入って、第1次世界大戦でドイツが敗れたことにより、北シュレスヴィヒが国民投票の結果をもって再びデンマーク領に復帰しましたが、南シュレスヴィヒ・ホルシュタインはドイツ領のままとなりました。この時の国境線が、今でもデンマークとドイツの国境となっているのです。
(ちなみに第二次大戦の戦後処理で「南シュレスヴィヒをデンマークに返還するべきではないか」という話も出ていますが、デンマーク政府はドイツとの外交関係を考慮し、これを辞退しました)
 余談ですが、乳牛として有名なホルスタイン種の名称は、この地域(ホルシュタイン)の地名が由来となっています。ただし、ホルスタイン種の元となる牛がホルシュタインを含むドイツに起源を持っているのは事実ですが、乳牛として品種改良が勧められたのはオランダのフリースラントという地域。このため、一時期はこの牛をホルスタインと呼ぶかフリースラントと呼ぶかで論争が起きたこともありました。最終的にはホルスタイン・フリーシアンという名前を正式名称とすることで落ち着きましたが、日本ではホルスタインと呼ぶのが一般的ですね。(逆にヨーロッパではフリーシアンと呼ぶのが標準です)


2.メークレンブルク=フォーアポメルン州

 ドイツ北東部に位置する州で、州都はシュヴェリーンです。カタカナ表記のバリエーションが多く、メクレンブルク=フォアポンメルンという表記も一般的ですね。
 公用語はドイツ語のほかにフォーアポメルン語・東低地ドイツ語など。ドイツ統一までは東ドイツ(ドイツ民主共和国)に属していました。
 ちなみにペットとして人気のある犬種:ポメラニアンは、ポメルン地方原産であることから名前がついています。


3.ブランデンブルク州

 ドイツ東部の北よりに位置する州で、州都はポツダムです。公用語はドイツ語で、ドイツ統一以前は東ドイツに属していました。
 現在のブランデンブルク州はかつて、ブランデンブルク辺境伯領という神聖ローマ帝国内の領邦でした。(神聖ローマ帝国は、簡単にいうとドイツの全身にあたる中世〜近世の国家です)辺境という名前からは弱小貴族をイメージしたくなりますが、神聖ローマ帝国の皇帝を選出する選挙にも参加できる七選帝侯の1つであり、帝国内の有力貴族として名を馳せていました。後に神聖ローマ帝国外のプロイセン公国と同君連合として合併し、ブランデンブルク=プロイセンを形成。ネーデルラント継承戦争でスウェーデンを撃破するなどの活躍を経て発言力を強め、大選帝侯と呼ばれる地位を確立していきます。その後、スペイン継承戦争で神聖ローマ皇帝を支援する見返りとして王号を認められ、プロイセン王国を組織するまでに至りました。プロイセンは18世紀末の七年戦争でオーストリアを破ってドイツ地方の盟主としての地位を築き上げ、宰相ビスマルクの知謀もあって19世紀にはドイツ帝国としてヨーロッパに君臨するまでに成長したのでした。ブランデンブルクはドイツという国家をヨーロッパにおける代表的勢力に押し上げたプロイセンの基盤ともいえる地域だったのです。


4.ベルリン特別市

 言わずと知れたドイツの首都。一都市で州を成しており、都市州と表現されることもあります。ドイツ統一以前は東ドイツ側に位置していたものの、都市自体が二分割されて西ドイツ統治地域と東ドイツ統治地域に分けられていました。
 位置的にはブランデンブルク州の内部に完全に囲まれています。そのため1995年にはベルリン市政府とブランデンブルク州政府の間で両政府が合併する方向で合意がなされましたが、住民投票で否決され現状維持のままとなっています。


5.ニーダ=ザクセン州

 ドイツ北西部に位置する州で、州都はハノーファーです。公用語としてはドイツ語のほかに低ザクセン語・ザーターフリジア語が用いられています。ドイツ統一以前は西ドイツに属していました。
 ニーダ=ザクセンの他に、低地ザクセンという呼び方も知られています。


6.自由ハンザ都市ハンブルク

 ベルリンと同様に、一都市が単独で州を成しています。ハンブルク州・ハンブルク特別市といった呼び方をされることも。
 ハンブルクは、中世にリューベックを盟主として誕生した都市同盟――ハンザ同盟に参加して経済発展を遂げた都市で、神聖ローマ帝国から自由都市としての自治権を付与されていました。現在でも、中世以来の自由都市としての権限を有しており、それゆえに一都市で自治権を行使しているわけです。


7.自由ハンザ都市ブレーメン

 こちらは単一都市ではなく、ブレーメンとブレーマーハーフェンの2都市から構成されています。そのため、ブレーメン州という呼び名もわりと一般的に使われており、ブレーメンが州都となっているんですね。(まぁ、2都市で州都も何も…と思いますが)ドイツ統一以前は西ドイツに属していました。
 位置的にはニーダ=ザクセン州の内部にあるのですが、実はブレーメンとブレーマーハーフェンは隣接していません。ですから、飛び地のように2箇所に分かれてブレーメン州が存在しているという変わった形式。
 ハンブルクと同様に、ハンザ同盟時代からの自治権を今でも行使しています。


8.ザクセン=アンハルト州

 ドイツ中央部よりもやや北東に寄ったあたりに位置する州で、州都はマクデブルクとなっています。公用語は主にドイツ語。ドイツ統一以前は東ドイツに属していました。


以上、北ドイツの地理に関する基礎知識でした。以降のページでは、実際に個々の世界遺産を見ていきたいと思います。 



※当ページで使用している画像はwikipediaからの引用です。
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